特定非営利活動法人スマイルシード

311発災直後の活動

311・発災後、3月13日母の安否確認のため石巻入り

3月11日直後、3月13日に母の安否確認のため、仙台より山川を通り石巻へ向かいました。

見慣れた景色が、ここまで変わるのか・・・・そして、景色とは裏腹に静まり返った辺りは、活気や生き物の気配がない荒涼さに味わったことのない感覚が押し寄せてきました。

 

そしい、初めからそこに存在していたかのように、湖のような景色が車窓の右側に広がっていました。

 

避難所となっていた、貞山小学校は1メートルの津波に遭い、校庭は泥の海、ゴミと、ドロドロの車が散乱していました。実家近く(石巻市)は人けはありませんでした。

最初に、仙台から車いっぱいに積んで来た毛布、カイロ、水、食料、お菓子等の物資を実家に下ろしました。

そして近所の方々に配るように、母に託したのです。

 

 

救援物資を運ぶ日々

物資の輸送は翌日も行ったのです。

この物資輸送は、できる限り仙台から石巻まで毎日のように行いました。

当時、まだ辺りは道路でさえ、瓦礫が散乱しており、車は何度もパンクしました。

 

 

なりふり構わず始まった救援活動

 

気力を失った、通りがかりの道行く人たちにも、たくさん声をかけました。

そして、必要なものを持っていれば、届けたりもしました。

その際に、安否確認を頼まれ、避難所にも足を運んだりもしました。

 

常時、おにぎりを50個ぐらい持っており、出会う方や、避難所の方々に食べていただきました。

そのお陰で、被災した方々とも打ち解けられ、被災状況など聞くことができたのです。

 

この時、3月の宮城はまだまだ寒く、空腹と寒さが災害の惨状に加わりとても厳しい状況でした。

 

記録を撮るのも忘れて、救助活動した日々

 

故郷、石巻の惨状を目の当たりにして、救援活動に夢中になっておりました。

なので、この当時の写真は撮っておりませんでした。

取れなかった理由はもう一つあります。

それは、とてもカメラを向けられる状況でもなかったということです。

 

その後、本格的に救援活動を行うべく「Smile-Seed」を立ち上げました。

 

3月22日より写真撮影等開始

 

2011年、3月22日より、同年8月21日までの活動写真やレポートは、以下のリンクよりご覧いただけます。

なおこの当時、まだWEBを立ち上げたばかりで、不慣れな部分が多々あります。

ご了承願います。

 

2011年3月22日より、写真等

311発災後、3月22日の状況

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