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【ボランティアをやる意味】知らないと人生100倍損してる!

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ボランティアやる意味
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Smile Seed専属ライターのYaah!(ヤー!)です。Smile Seedのサイト上で、お役立ち情報を中心に情報を発信して行きます。

「ボランティアをやる意味ってなんだろう・・・」

このような質問を、受けたことがあります。

質問された方は、

 

「なんの対価もなく、なんのために自分の労力と時間を、提供しなければいけないのだろう・・・・」

「よくボランティアって自己満足って言われてるけど、どうなんだろう・・・」

「ポランティアって偽善者?」

「自己欺瞞でやってない?」

 

などなど、ボランティアについて、色々ディスカッションする中で疑問に思ったようです。

 

最近では、学校の活動の一環として、ボランティア活動を取り入れていることもありますね。

または、会社でも、社会奉仕のために、ボランティア活動を行っているところもあります。

 

就職に有利だから、ボランティア活動を勧めるところもあります。

 

そのような中で、突然

「ボランティア活動に参加して下さい!」

とか

「ボランティア活動をやってみようよ」

などと言われたら、

 

「えっ、なんのために、どうして、しかも休日返上で・・・」

となるかもしれないですね。

 

確かに、そうです。

 

今回は、「ボランティアをやる意味」について、話しますね。

 

 

ボランティアをやる「意味」は人の数だけあります

色々な人たち

震災で故郷が壊滅的な被害を受ける・・・・

なんとかしたい、そう思い行動する。

 

このように、突き動かすものから、ボランティア活動をする場合もあります。

 

ただゴミが落ちているのが嫌だから、町のゴミ拾いをしよう、このような動機でボランティア活動をされる方も知っています。

 

海外旅行に行った先で、貧困に喘ぐ子供たちの姿をみて、なんとかしたい・・・・

そう思って、ボランティア活動をされる方もいます。

 

このように見ていくと、ボランティア活動とは、

 

何かの状態を、よりよくするために行うこと。

 

と言えますね。

 

しかし、突然

「ポランティア活動に参加してください」

とか

 

「学校の必修なので、ボランティア活動を体験して来てください」

などと言われると、戸惑いというか

 

「なぜ?」

と思うかもしれません。

 

さらには、対価や報酬もなく、自分に対するメリットも感じないですよね。

 

ではボランティアを行う当事者にとって、どこにやる意味があるのでしょうか。

 

 

ボランティア活動体験は、対価では測れない自己投資です

自己投資

 

ひとつ言えることは、「行動は最も価値がある」ということです。

 

例えば、あなたご自身が、今までの経験や学んだことは、たくさんありますね。

 

それを、私がお金で買えるかというと買えません。

 

または、食べるという行為は、代わりで誰かに食べてもらったり出来ません。

 

「私忙しいから、代わりに食事食べてね」

 

ということは、できませんね。

 

そして、味わった味や、香り、食感、その時の充実感は体験者にしか分かりません

どけだけ言葉や文章を尽くしてみても、美味しいんだなとか、食べてみたいなとは思います。

しかし、「本当に美味しいね、確かにそうだ」とはなり得ません。

 

テレビの食レポなどがそうですね。

テレビで美味しそうな料理を紹介していて、食べたくなって実際にレストランに足を運んだりましす。

 

これとおなじように、ボランティア活動においても、どれだけ聞いたり、読んだりしても体験に勝るものはありません。

あなたが、ボランティア活動に参加するという行動や、体験そのものが尊い価値なのです。

 

体験や、行動の学びはお金では買えない、無形の価値があります。

無形と言っても、経験した人の中にはっきり存在します。

このような行動を「自己投資」と言い換えることもできます。

 

セミナーに行ったり、学校に行ったりという行動は、「自己投資」にあたります。

ここにボランティア活動をやる、明確な理由の一つが「自己投資」にあります。

なので、対価をもらう、労働とは明らかに違うのです。

 

しかし、自己投資する時に、目的や目標を持って、真剣に求めて学ぶのか、そうでないのかで学びの深さが違ってきますね。

ボランティア活動においても、同じことが言えます。

 

報酬ももらえない、だけど自分の時間と労力は提供しなくてはならない、という思いで望めば、学びもそれなりになります。

しかし、出会った方々から、何かを学ぼうとか、私にできる何かをさせてもらおうと望めば、感じとる力も研ぎ澄まされます。

 

分かりやすくいうと、「やってやってる」「なんでそこまでして、やらないといけないの」的に行動するのか、

「させてもらおう」「学ばせていただこう」的に行動するかということです。

 

この2つの心の状態は、先々で天と地ほどの差が生まれます。

 

ここで魔法の言葉を伝えましょう。

それは「だからこそ」という言葉です。

生きていく中で、「でも」「だって」という言葉を多く使ってませんか。

その「でも」「だって」を「だからこそ」に置き換えてみてください。

 

「だって報酬もらえないんでしょ」→「報酬をもらえない、だからこそたくさん学ぼう」

「でも大変そうだし・・・」→「大変だからこそ、頑張ろう!」

 

このように、生きていく上で「だからこそ」を多く使った方が、前向きに前進できます。

 

 

ボランティア精神は人を豊かにします

笑顔と花

 

学校や社会がなぜ、ポランティア活動を推奨するのでしょうか?

このボランティア活動を推奨する理由について、少し深堀しますね。

 

世の中では、

やらなくてもいいけど、やった方がいいこと

がたくさんあります。

 

例えば、

 

 

・靴を揃える

・フードコートで食後テーブルを拭く

・学校やオフィスに落ちてるゴミを拾う

・たくさんの荷物を持って、階段を上がろうとするご年配の方を助ける

・電車で席を譲る

 

またこのようなことは、やらなくても済みます。

 

でも、やった方がいいことですね。

 

あなたなら、「やらなくてもいいけど、やった方がいい」場面に出会ったら、どうしますか?

 

行動するか、しないかのどちらかになりますね。

 

そして、「行動できる人」と「行動できない人」とでは、どちらが豊かに見えますか?

 

私は、以前とても疲れて、電車に乗った時に体験したことが今でも忘れられません。

それは、見知らぬ青年から、席を譲ってくれたという経験です。

 

その時に感じた嬉しさや暖かさは、今も忘れません。

そして、その青年がとても大きく見えました。

 

なので、電車で大変そうな方がいれば、積極的に席を譲るようにしています。

そうすると、自分も不思議と「そういう行動が出来て、良かった」とフワッと温かい感情が起こります。

 

このようなことは、ある意味でボランティア活動に似ています。

 

学校や会社では、このよう感覚を持って欲しい、そういう願いがあってボランティア活動を取り入れてるのかもしれません。

 

そして、やらなくていいけど、やった方がいい行動は、やがて自分をも豊かにしていきます。

 

あなたは、電車などで、席を絶対に譲りたく無い、私が座ったんだから、という私が、私がの「が」を通しますか?

それとも、私よりも大変そうな人がいるから、譲って差し上げよう、という人のために、誰かのためにの「ために」で行動しますか?

この二つの行動を促す心根には、真逆の感情が存在します。

 

自分のことを中心に考える、つまり自己中心の考えから生まれるのが、「私が」という考えですね。

相手のことを気遣う、つまり利他の考えから生まれるのが、誰かのためにという考えですね。

 

何かのために、そう生きた方が、素晴らしい出会いがあると感じないでしょうか?

なぜならば、あなた自身が、自己中の人と、相手のことを思える人、つまり利他リタの人とどちらの人と接したいかを考えれば、答えは明確です。

 

会社でも、利他リタの人が必要とされる人材になると思いませんか!?

 

あなたが会社の社長さんなら、自己中の人と、利他リタの人のどちらを選ぶでしょうか?

 

ほとんどの場合、「利他リタの人」の人を選びます。

 

しかし、自ら「利他リタ」の人になろうとする存在って少ないと感じませんか?

社会や組織で、いかにこの利他リタの人を切望し、欲しい人材が見えてきますね。

 

なので、ボランティア活動に参加するということは、とても有意義なことです。

 

そして、そこで「利他リタ」ということを学べたのなら、最高の学びをしたことになります。

そのような存在になれたのなら、社会や組織の中で、必要とされる人材となり、自分にとっても計り知れないメリットが生まれます。

 

なので、ボランティア活動に携わる、意味は、「利他の考えを持つ」こととも言えますね。

 

 

なぜ花は咲くのか!?この問いに答えられますか?

花

 

せめて、ボランティア活動に参加しなくても、次のような見方が出来て欲しいと願います。

 

それは、今もなお

やらなくてもいいけど、やった方がいいこと

どこかで誰かがしているということです。

 

それによって、「何かが、よくなっている」ことに思いを至らせて欲しいのです。

 

それは、あなたの住んでる町を、きれいにしてくれているかもしません。

被災して、気持ちも疲弊し、沈んでる誰かのために、尽くしてるかもしれません。

障害者に対して、職業を斡旋しているかもしれません。

 

私たちの知らないところで、たくさんの方々がボランティア活動によって、豊かになっています。

 

このような方々は、利害や損得の世界では生きていません。

 

まるで野に咲く、花のような存在なのです。

ちょっと美化した言い方かもしれませんが、なぜそう言えるのか理由があります。

 

花は、誰に褒められる訳でもなく、存在すら気付かれずに咲いては、枯れるかもしれません。

しかし、そんなことには無関係に、花を咲かせるという使命を全うし散っていくのです。

 

そう考えると、自然界は壮大なボランティア活動によって運営されてると感じませんか。

万人に分け隔てなく、降り注ぐ太陽の光に対し「ありがたいなぁ」と感謝の念を抱いたことはありますか?

 

当たり前のようにある、空気に対して、「これがなければ、3分と生きていけない」と感じたことはありますか?

宇宙の運営って、当たり前のように行われていますが、それ事態が奇跡だと実感します。

 

「なんのために」

 

という考えなんて、とても小さく感じますね。

 

私たち人は

「なぜ花が咲くのか!?」

このような問いに対して、人の数だけ答えがあります。

 

私たち人類が存在する前から、花は咲いていたのです。

いわば先輩になります。

この先輩に対して、後付けで理由を付けをしているに過ぎません。

 

ボランティア活動の意味も、人の数だけあっていいのです。

みんな違って、それでいいと思いませんか!?

ボランティアが嫌なら、それでいいのです。

生きがいを感じたらそれでいいのです。

 

私自身、3.11発災後に、石巻へボランティア活動に参加したことがあります。

 

現地では、家が流された方々がたくさんいたのです。

でも、ある方が、ぽつりと「私は命があるんだ・・・」

とおっしゃった一言が忘れられません。

 

このような体験は、行動し体験しなければ永遠にできなかったことです。

 

そして現地で逆に、勇気や希望を得て帰路に着いたのです。

何かのために、誰かのためにと思って取った行動でした。

しかし反対に、希望や勇気を得て帰ってきたのです。

 

何かのために、誰かのためにという思い自体が、おこがましく思え、恥ずかしくなりました。

そして、「どんな目線で行動したんだろう」とすら思ったのです。

この学びは、私に大きな変化をもたらしました。

 

なので、意味付けしたところで、体験には勝てないことも体感として理解したのです。

 

 

まとめ

人を豊かに

ボランティアをやる意味とは。

ボランティア活動に、参加するという体験そのものに価値がある。

 

ボランティア精神は、自分も周りも豊かにしていきます。

そして、必要とされる存在になれる。

 

ボランティアをやる意味よりも、体験の方が勝る。

 

結論として、ボランティア活動に参加することは「自己投資」につながります。

 

この記事を書いている中で、金子みすゞさんの

【私と小鳥と鈴】

という詩を思い出しました。

 

最後にこの詩を紹介して、終わりますね。

 

私が両手をひろげても、お空はちっとも飛べないが

飛べる小鳥は私のやうに、地面を速くは走れない。

 

私がからだをゆすっても、きれいな音は出ないけど、

あの鳴る鈴は私のやうにたくさんな唄は知らないよ。

 

鈴と、小鳥と、それから私、みんなちがって、みんないい。

それでは、また失礼します。

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